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   <title>1993 No.01</title>
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   <title>「教授法から見た教材、教科書」 - 北澤美枝子</title>
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   <published>2007-10-29T09:56:05Z</published>
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      １．はじめに

　現在の日本語教育における問題点のいくつかは、学習者の多様化から発生したものである。それに対処すべく様々な教授法が検討され、新しい教科書や教材集が相吹いで出版されている。教授法および教科書・教材の多様化は、教え方に関する教師の選択権、そして同時に責任の拡大を意味する。
　本稿では、筆者が今まで研究してきた英語教育に関する文献を基に、教授法の変遷を総括的に展望しながら、言語習得埋設の持つ意味、折衷主義教授法の注意点、プロセス重視の教授法から見た教科書の限界等を考察していく。最後に、現場の教師が自分なりの教授法を確立する上で使えそうなアイディアをいくつか提案する。
      
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   <title>「英語教授法を取り入れた日本語教育の問題」 - 小田眞幸</title>
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   <published>2007-10-29T09:52:00Z</published>
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      １．はじめに

近年の日本語教育の発達に伴い，海外で開発された数多くの言語教授法や教授理論が棟々なルートを経て日本に紹介されてきている。それらは主に英語圏で英語教育用に開発されたもので，多くの場合，英文の文献が日本語に翻訳されたもの，または日本人の専門家によってはじめから日本語でまとめられ解説されたもののいずれかを通して日本語教師に紹介されている。本稿では，日本語教師がこれら英語圏の教授法を輸入し日本語教育に取り入れるにあたって生ずる様々な問題点を輸入の過程で生ずる問題、言語教授のレベルの違いにより生ずる問題の二つのグループに分け，それぞれ実例を交えながら述べる。最後に日本語教師が教室にこれらの教授法を取り入れる際に注意しなければならない点について言及する。
      
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   <title>「教育現場から聞こえてくるこれからの教授法 -教授法分科会序文-」 - 堀歌子</title>
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   <published>2007-10-29T09:19:36Z</published>
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      １．はじめに 

　日本語教育の現場を取り巻く諸問題の中でも教授法の問題は常に大きな位世を占め、時代と共に揺れ勅いて来た。特に日本語教育の基盤となっている外国語教授理論のさまざまな変遷は各時代の現場に携わっている教師に大きな影響を与え続け今日に至っている。なかでも1950年代に登場し、世界的な指示を得ていたオーディオ・リンガル･アプローチ(Audio-Lingual Approach)が1960年代後半から70年代に強い批判を受けてその地位を失って以来外国語教授理論は一般に混迷の時代を迎えたとも言われた。その間オーディオ・リンガル･アプローチに取って代わる教授法が求められ、次々と新しい外国語教授法が提唱された。


      
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   <title>「CAIの展望と可能性 -科学技術日本語読解支援システムの日米共同研究-」 - 加納千恵子</title>
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   <published>2007-10-29T09:12:05Z</published>
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   <summary>１．ＣＡＩ利用の意義と位置づけ 日本語教育において、なぜＣＡＩ（Computer...</summary>
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      １．ＣＡＩ利用の意義と位置づけ

日本語教育において、なぜＣＡＩ（ComputerAssistedlnstruction）を利用するのか、あるいは本当にＣＡＩを利用したほうがいいのか、という疑問について考えてみたい。教育の理想は、一人一人の学習者の問題点を知り、一人一人に適切な指導をして、その能力を最大限に伸ばすことであろう。教育にＣＡＩを利用する利点は、まず個人の能力差やペース、問題点などに応じた「個別指導」が可能だということにある。さらに、日本語教育の現場においては、おそらく他の教育現場におけるよりも一層学習者の多様化の問題があると予想できる。すなわち、国の違い、母国語の違い、文化・考え方の違い、年齢の違い、学習動機の違い、専門の違いなどである。これらの多様化に真剣に対処するためには、ＣＡＩを利用することが一つの解決策になると思われる。
      
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   <title>「CAI教材開発の現状：海外の現状」 - リチャード・ハリソン</title>
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   <published>2007-10-29T09:09:28Z</published>
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      この論文は、先ず海外におけるCAIパラダイムを含めた教材開発の現状を述べると共に、現在スターリング大学日本研究所において制作中の「日本語CAI教材データベース」を紹介する。さらに、これらのシステムに関する分類、評価、情報の提供について論じ、イギリスの研究者によるCAIシステムの評価法にも焦点をあてる。
      
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   <title>「CAI教材開発の現状」 - 才田いずみ</title>
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   <published>2007-10-29T09:05:29Z</published>
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      １．はじめに

パーソナルコンピュータで，音声を扱うことが簡単になってきた。しかし、日本語教育のための聴解や音声教育のＣＡＩ教材は，まだ数少ない。音声をデジタイズして保存するのに，非常に大きな記憧容量を必要とすることなどがネックになっているのかもしれないが，音声情報を視覚化することができるコンピュータは，音声・聴解教育にとって強力な支援者であると考えろ。ＣＡＩ教材開発の現状と題したが，本稿では，これまで発表者が開発・研究してきた「音声」を扱うＣＡＩ－聴解教育支援システムと音声教育支援システムを取り上げ，それらの利用に関する問題点について考察する。さらにマルチメディア化が進む現状を踏まえ，ＣＡＩ教材開発の今後の方向性についても触れる。
      
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   <title>「談話における分裂文の機能について」 - 砂川有里子</title>
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   <published>2007-10-29T08:39:57Z</published>
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   <summary>１．はじめに ＜談話例＞ ・・・前略・・・（小角は）もっと奥深い山で修行しようと...</summary>
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      １．はじめに

＜談話例＞

・・・前略・・・（小角は）もっと奥深い山で修行しようと、金峰山（吉野山）に目をつけた。ここに入って改めて修行をつづけた。
　荒行の果てにかれの前に現れたのは釈迦だった。「私でどうだ？」ときく釈迦に小角は首をふった。「あなたではいまの民衆は救えない」　つぎに現れたのは観音とミロクだった。小角はまた首をふった。「あなた方でもダメだ」。　最後に凄まじい雷鳴と岩鳴りの中から現れたのが、金剛蔵王菩薩大観音だ。　「おそろしい怒りの形相をしている。小角は(｡)感動した。「あなたこそ求めていたホトケだ」。小角はすぐ脇の木を切って金剛蔵王を本尊としてきざんだ。これが大峰山の本尊だ。
      
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   <title>｢日本語の談話マーカー「だろう」と「じゃないか」の機能 -共通認識喚起の用法を中心に-｣ - 蓮沼昭子</title>
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   <published>2007-10-29T08:23:04Z</published>
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   <summary>１．はじめに 日本語の疑問表現の下位類型として「確認要求の表現」（国語研1960...</summary>
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      １．はじめに

日本語の疑問表現の下位類型として「確認要求の表現」（国語研1960）「疑似疑問」（仁田1987）などと呼ばれるものがある．これは，自らが下した判断やその内容について，話し手が聞き手に対して同意・共感や受理・了解を確認するといった機能を有するもののことで，文末に「ね，な，よれ」や「だろう，じゃないか」などを伴う一連の表現がその代表的なものである。
　このような確認の形式の使用は，対話型の談話において顕著に認められるも
のである。講演，識義，物語のように一方的に情報を伝達する独話型と異なり，話し手と聞き手の情報が相互に作用しあう形で展開する対話型の談話では，話題となっている事態やその要素について，話し手と聞き手との間に共通了解が成立しているか否かが絶えず問題となるからである（cf. 田窪1990）。
      
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   <title>基調講演「外来語と日本語教育」-柴田武</title>
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   <published>2007-10-29T07:54:21Z</published>
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      　本日は、「小出記念日本語教育研究会」の、発会式だと伺いましたが、その第一回の集まりの、基調講演に招かれましてたいへん光栄に存じております。「小出記念日本語教育･･･」、私は目が惑いものですから、「小出記念」というところがよく見えなかったんですけれども（笑）、こういう研究会に、何とか記念とつくのは、たいへん珍しいことではないでしょうか。そのぐらい小出先生と日本語教育というのは、日本語教育は小出先生、小出先生は日本語教育と…この「は」の使い方が正しいかどうかは別といたしまして（笑）、というふうに私は考えております。私は日本語教育の近くまでは参りましたけれども、一度も日本語教育をやった経駿はありません。また、日本語教育というもの自身について考えたことも、実はありません。しかし、今日はこういう会なものですから、「外来語と日本語教育」というように「と」でつないであるんですけれども、どうしても話は「と」の前のほうにかたよるかと思いますので、ひとつお許し願いたいと思います。
      
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